「これが仕事になればいいのに」からその先へ

フォトグラファーとして独立する前、私は大学で数年留学生関連の仕事をしていました。その中の一つが、2週間の日本語研修プログラムの運営でした。ちょうどその時はコロナ禍で、初めてオンラインで開催することになりました。

日本語の授業や専門科目は先生方が担当していましたが、アクティビティや学生との交流イベントは、私が企画・運営を任されていました。オフライン開催の時から、国際交流系のサークルや学生ボランティアに協力してもらっていたため、オンラインでも学生主導で企画・運営を進めることにしました。サークルに声をかけたり、ボランティアを募集したりしながら準備を進めました。

しかし、1回目のオンラインランチ交流会では、私自身も参加してコンビニのお弁当を紹介したり、日本の食文化を説明したりと、楽しい反面、正直なところ、とても大変で疲弊していました。そこで、2回目以降はできる限り学生主導で進めてもらうことにしました。

国際交流に感心のある学生を先生に紹介してもらいながらも、ボランティアだけでは集まりが悪かったため、アルバイトとして募集をかけ、主に動いてくれる学生には謝金を支払う形にしました。

私が、少しヒントを出しながらも、彼ら自身で色々と工夫しながら「日本の家庭や一人暮らしの部屋を紹介するオンラインでルームツアー」「日本文化クイズ」「音声を出すのが恥ずかしい人向けの文字コミュニケーションアプリを使った交流」など、動画撮影から編集、また参加学生への心理的なフォローなど、感心するほど素晴らしい企画を次々と生み出してくれました。

打算的な面の一つもない、純粋な熱意と好意に溢れた創造力豊かなコンテンツには心底驚かされました。

日本語の授業のサポートとして参加してくれた学生たちは、2週間のプログラムが終わる頃には「終わってしまうのが寂しい」と涙を流すほど、参加の留学生と強い絆を築いていました。当時はコロナの影響で大学の授業もほぼオンラインになっており、1年生の中には友達が一人もいないという学生も少なくありませんでした。

「僕はラッキーでひとり友達ができました」という、1年生の言葉を聞いたとき、コロナ禍の学生が直面している現実の深刻さに衝撃を受けました。

【数年後の再会が問いかける「やりがい」】

最近、その頃のご縁で、大学の先生からプロフィール撮影の依頼を受けました。それをSNSで発信したところ、かつてボランティアやアルバイトとして活躍してくれた元学生のひとりが連絡をくれ、数年ぶりに会うことになりました。

彼女は社会人2年目。仕事のやりがいや将来の展望、体調面での悩みなどを話してくれました。そんな彼女が、私の仕事を手伝ってくれていた学生当時に、一緒に頑張っていた仲の良い友人達と「これが卒業後の仕事になればいいのに」と話していたことを教えてくれました。

「なればいいのに」から一歩踏み込んで「これを仕事にしよう」と考えていいのでは?

そのために社会のニーズを探れば、もしかすると仕事になるかもしれないし、新しい仕事を生み出せるかもしれない。(実際、大学は謝金を払っていたし、私にはいなくては仕事が回らない大切なスタッフでしたので、実は既にれっきとした「仕事」ではありました。)

あのとき「楽しい」「有意義だ」と感じた要素を分析し、抽出してみれば、思いもよらない職種でもやりがいを見出せるかもしれない。「国際交流に関わる仕事がしたい」と卒業前にも言っていた彼女ですが、「なぜその仕事をしたいのか?」「どこにやりがいを感じるのか?」を掘り下げてみると、より抽象的な部分に本質があるのかもしれません。

この会話を通じて、私自身も改めて「働くことのやりがい」について考えさせられました。

そして何よりも、あのとき「これが仕事だったらいいのに」と思ってくれていたことを知り、コロナ禍の大変な時期においても、彼らにとって少しでも価値ある時間でであったことが、今の私の新たな大きな喜びとなりました。

この喜びに私の未来の仕事のヒント(やりがい)がある気がしています。

これからの時代、若い方には、既存の仕事の枠やカテゴリーを超え「自分が楽しい!」を一番に創造的に人生を進んで頂きたいなと、願っています。

※写真はあの頃、卒業間近だった学生たち(許可を頂いて掲載しております。)

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